TABI-KYAKU 想いが旅する飛脚便

     
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大手IT企業を退職し、飛脚便を始めたきっかけ。

2018.07.05

「飛脚便って、良く思いついたね!」
周りから良く言われる。

しかし、決して想像力に長けていたわけでもなく、
何か新しいことを始めようと考えていたわけでもない。

その機会は偶然やってきた。

僕は大学を卒業を機に、地元奈良から上京。
当時、「日本一のホワイト企業」といわれていたIT企業に就職した。

将来はある程度保障されてそうだし、
繁忙期の終電地獄は酷だったが、官公庁や大手企業のネットワークシステムを
設計構築する仕事はやりがいがあったし、上司や後輩にも恵まれ、
順風満帆な日々を過ごしていた。

そんなある日、
出張で鹿児島県南部にある奄美大島へ行くことになった。

この場所での経験が、飛脚便を始めるきっかけなる。

奄美行きが決まったある日、
友人から「是非会ってきてほしい人がいる!」と相談を受けた。

内容は、友人は大学時代にボランティア団体に所属しており、
奄美大島であった大規模土砂災害の時にも現地に駆けつけていたらしい。
そこで出会った被災者の方が、どこの誰だか分からないボランティアの自分たち
の食糧や宿手配を手伝ってくれ、頑張ろう!と励ましの言葉をかけてくれたのだという。

その時の感謝の気持ちが忘れられないまま、5年が経ち、
友人は就職し、奄美大島へは一度もいけていない。

そこで今回、
奄美大島に行くついでに、恩人が元気にしているか、
そして復興現場は今どうなっているか見てきてくれないか。
そんな依頼を受けた。

2人で話し合った結果、手ぶらで行くのもなんだから、
当時の同期と一緒に手紙を送って、現地の様子を動画や写真で送ろうと約束し、
東京を出た。

さらにくっつけたような話なのだが、
当時ランニングブームで、僕も運動不足解消にと社会人からデビューした。
奄美大島でもランニングしようと思っていた僕は、復興現場を走って巡り、
ゴール地点には恩人の方が住む街を設定した。
走っているときは、なんて代弁したらいいのだろう、
どんな人だろう、そんなことを考えながら、無我夢中で走っていた。

そして、到着。
受取人の方は30代、半ばの男性。
5歳ほどの小さな息子さんを連れて出迎えてくれた。
(事前に友人がfacebookで連絡を取ってくれていたのだ)

「遠土はるばるありがとう。楽しみに待っていたよ。
ご飯は食べてきたの??
良かったら妻が料理作ってるから一緒に食べていかない?」

と初対面の僕を、友人であるかのように暖かく迎え入れてくれた。

そして、
家に着いた途端にも驚きが。
「せっかくだからうちの父母にも紹介させてよ〜」と挨拶回りが始まった。笑

相当珍しかったんだろう。
「へえ〜東京から、手紙を持ってきたのかい。それはご苦労さんだったなぁ」

と皆、驚きの表情を見せてくれた。

きわめつけは奥さんの手料理。
待ってましたよと机の上には大量の郷土料理が。
あまりにも楽しく手紙を渡すことを忘れ、
息子ちゃんとテレビを見ながら踊ったり、世間ば橋をしたり、
でどれくらい時間がたったのだろう。

食事も食べ終わる間際にふと思い出し、
手紙を渡す。

その手紙を受け取り、数分間の沈黙が流れる。
そして僕の目の前には涙ぐむ姿が。

「いやー。元気にしているか?彼は。本当に助かったんだよな。」
「今もこうして気にかけてくれて、本当嬉しいよ。 あの時の記憶が今、蘇ってきたよ。」

そう言って、笑みを浮かべながら、なんども手紙に目を通す。

その姿がとても新鮮で、なんだか温かくて、刺激的だった。
今の時代、手紙??facebookで伝えればいいじゃん?って初めは思ってたけど、
それでは伝えられない魅力が手紙にはあるんだ。と思った。

その場を後にするとき、
受取人の方は僕にこう言ってくれた。
「本当ありがとう。また奄美大島に来たときは泊まりに来なよ。
来年マラソン大会あるからさ。」
それはお世辞かもしれない。 でも奄美大島に新しい家族ができたかのような嬉しい気持ちになった。

そして、 受取人さんからぜひ、ともらったビデオレターと黒糖焼酎、
そして復興現場の写真を持って、友人へ報告。
そこには安堵の表情を浮かべる友人がいた。
また会いに行きたいなぁ。
そう言って、もらったお酒で顔を赤くしながら、
思い出話にひたった。

この経験を経て感じたことは、
「スマホでは伝えられない、手紙の温かさ。」
そして「ランニングの新しい楽しさ。」
それは、運動不足解消で始めた僕が持つ、ランニング=しんどい。が、
一切なかったのだ。
復興現場を回り、どうやって伝えよう。
それを延々と考えて走っているのが本当に楽しくて。
あっという間の時間だったのだ。

この二つの想いが、飛脚便を始めるきっかけとなった。

それから、奄美での経験が忘れられず、
休日を使って、何通か友人の手紙を走って運ばせててもらった。
ときには、走る様子を映像に残して受取人に見せたり、走る過程で手土産を買い、
手紙と一緒にもっていったり、
どうやったら喜んでもらえるか自分なりに試行錯誤をした。

その体験を重ねる中で、気づく。
これやっているときが一番いきいきとしているな。
手紙を受け取って再開してくれたり、
一緒に僕を呼んでご飯行ってくれたり、
新しい出会いがどんどん生まれていくのが楽しい。
もっともっとこれに時間を費やしたい。

そして、若気のいたりから、
なんの準備もせず、企業を決意。
上司に相談したとき、初めは上とかけおって、休業扱いにできないか。
手配してくれた。
嬉しい反面、自分の中では、ふりきらないと、
帰る場所をつくると、途中で妥協する。そう思っていた。

そして話の中で、上司が暖かい言葉をかけてくれた。

いや、ほんま寂しいなぁ。。でもやっぱりなあって感じ。
お前は最近そんなことばっか考えてたんや。
どっか上の空のところあったし。ほんで、いつか自立していくと思ってたからさ。
思ってたより早かってびっくりしたけど。
でも俺も若いころやりたいことに背を向けて、
今の道を選んだことを悔やんでいる。頑張ってくれ。俺は応援してるぞ。
また成長したお前と会えるのたのしみにしているな。

本当良い会社に回り会えたと思っている。
退職間際には海外部署への配属やマネージャーへの話、
外資系保険会社のスカウトなど、
いろんな道がここぞとばかりに提示された。でも、自分は決めていた。

一番、いばらの道である飛脚便での独立を。

to be continue...